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森万佑子  韓国併合  (6)  日韓議定書、日韓協約 (2022中公新書) [日記 (2023)]

韓国併合-大韓帝国の成立から崩壊まで (中公新書 2712)
1904:2/10日露戦争、2/23日韓議定書、8/19第1次日韓協約(財政外交の掌握)
1905:7/29桂・タフト協定、8/12第2次日英同盟、9/5ポーツマス条約、11/10伊藤博文訪韓、11/17第2次日韓協約(保護国化)
1906:2/1統監府設置
1907:6/26バーグ密使事件、7/20高宗譲位、7/24第3次日韓協約
1908:東洋拓殖会社
1909:1月純宗巡幸、5/25伊藤統監を辞任、7/6韓国併合を閣議決定、10/26伊藤博文暗殺、韓国銀行、南韓大討伐作戦、12/4一進会の日韓合邦声明
1910:8/22日韓併合、8/29朝鮮の冊封

 日露戦争開戦の2週間後、1904年2/23に日韓議定書が調印されます。

日本軍は、日韓議定書第四条に則って、鉄道の軍用使用、人夫募集、物資動員、軍用地のための土地収用を行う。一九〇四年三月半ばに平壌を占領後、平壌─ 元山以南の地域で、大韓帝国駐箚軍とその憲兵隊で民衆の抵抗を鎮圧した。(p164)

日韓協約
 続いて日本は政府は「対韓経営計画実施方針」を閣議決定し、大韓帝国に示します。

1)財政を司る度支部への「財務監督」の導入
2)外交を司る外部への外国人顧問の導入
3) 条約締結・外交案件処理について日本政府との事前協議

財政と外交を日本政府の指導のもとに置くということです。大韓帝国は抵抗を示しますが、8/19これが「第1次日韓協約」として調印されます。その他にも、日本政府は軍部、警務、学部などに日本人を配置し、顧問を通じて大韓帝国の内政支配を強めてゆきます。

日露戦争に勝利した日本は、アメリカ、イギリスに続きロシアからも大韓帝国への保護権の承認を得て、大韓帝国の保護国化に歩を進める。日露講和条約締結から三ヵ月後の一九〇五年一一月一七日に日韓保護条約とも呼ばれる第二次日韓協約( 保護条約) を締結する。
この条約によって大韓帝国は外交権を日本に掌握され、統監府を設置されて、内政全般が事実上、日本の支配下に置かれることになる。(p169)

日本は、アメリカのフィリピン支配(桂・タフト協定)、イギリスのインド領有(第二次日英同盟)と交換に、日本の大韓帝国の保護国化を承認させ、日露講和条約(ポーツマス条約)においてロシアにもこれを承認させます。

日韓協約を巡る  伊藤博文 vs. 高宗
 1905年11/10に伊藤博文は訪韓して高宗に親書を出します。伊藤博文 vs. 高宗のやり取りが面白いです。「」内は、日本側の資料『外交資料 韓国併合』からの引用です、たぶん。なかなかリアルです。

伊藤:「大韓帝国は不幸にして国防もいまだ備わらず、自衛の基礎もいまだ固まらず、東亜全局の平和を確保できない」ので、日韓議定書の趣旨を発展させて「両帝国間の結合を一層強固」にしよう。つまり、アンタがウロチョロロシアに近づくと日本の安全保障にかかわる、ということです。

高宗:閔妃暗殺についても、「もちろん凶行の実行は、朕の待臣および雑輩によって醸成されたものであるけれども、彼輩は日本の勢力を頼りにして行ったのは事実である」と1985年以来の日本の介入を非難します。続いて高宗は、日本による財政整理への不満、日本による郵便事務や通信機関の整備は「指導」を超えて「監理」であり、大韓帝国は「 袖手傍観」するのみだと非難した。

伊藤:大韓帝国はいかにして今日生存できているのか」「大韓帝国の独立は 何人 の 賜 ものなのか」と 居丈高 に話し、さらに通訳の発言を 遮り、「貴国における対外関係、いわゆる外交を貴国政府の委任を受け、わが政府がこれを代わって行う」、と恫喝。

高宗:大韓帝国の独立国家としての体面だけは残したい、事が重大なので、自分がいますぐに決裁することはできない、大臣たちと相談させてくれ。

伊藤:貴国は憲法政治にあらず。万機すべて、陛下の御親裁に決すという、いわゆる君主専制国ではないのか

高宗:(狼狽!)では外務大臣と公使に協議させて、その結果を政府で検討して最終的に皇帝が裁可する。(p171〜175)

生まれながらにして殿下、のち陛下であった高宗と片や百姓の子からの叩き上げ、役者が違いますw。

 11/17、林公使と外部大臣朴斉純の交渉が開始され、日本軍は威嚇のため漢城に入城します。高宗臨席の御前会議が開かれ、大臣たちは協約拒絶を上奏し会議は紛糾。結論が出ないため、高宗は、大臣に協約案を協議させ妥協をとげさせるの伊藤に周旋を依頼します。伊藤はこの高宗の「周旋」依頼を利用し大臣たちを説得し、賛成5、反対2、別席1で11月18日に第二次日韓協約を調印します。

ハーグ密使事件
 
 高宗が反撃します、一度結んだ条約をひっくり返すのいつものこと。高宗は、第二次日韓協約の無効を訴えるため、1907年6月のオランダ・ハーグで第二回万国平和会議に役人2名と米国人1名を派遣します。日本の手が回っていたため、頼みのロシア代表、オランダ外務省にも面会を断られます。これを契機に、日本は大韓帝国の内政掌握に動き出し、これが後の第三次日韓協約につながります。


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映画 ジュラシック・ワールド/新たなる支配者(2022米) [日記 (2023)]

ジュラシック・ワールド/新たなる支配者 [DVD]
 原題、”Jurassic World: Dominion”。
 今更ですが『ジュラシック・ワールド/新たなる支配者』を観ました。『炎の王国』の続編です。島の噴火で生き残った恐竜は助け出され、シエラネバダ山脈とイタリアのドロミテ山脈で保護されています。恐竜は保護区から逃げて人間と衝突し、恐竜の闇マーケットが存在する世界。当然と云えば当然、人間と恐竜は共存できていないわけです。映画は、

絶滅から救い出した恐竜に、我々は責任を取るべきか? それとも彼ら自身に先をゆだねるか?

というナレーションで始まります。

 恐竜を管理しているのは民間のバイオシン社。バイオシン社は、表向きは恐竜のDNAを使って近代医学の革新を目指していますが、裏ではイナゴを巨大化させ、イナゴの被害に会わない種子を開発して食料の覇権を画策しています。さらに、単性生殖のヴェロキラプトルの[ブルー]と、クローン人間と言われるベンジャミン・ロックウッド(ジュラシック・パークの創設者)の孫メイジー(イザベラ・サーモン)のDNA解析から新薬の開発を目論んでいるという設定です。

 バイオシン社の目論見を暴こうとするのがローラ・ダーンとサム・ニール。シリーズ第1作『ジュラシック・パーク』の主人公の再登場です。当然、オーウェン(クリス・プラット)、クレア(ブライス・ダラス・ハワード)も登場し、カオス理論のマルコム博士(ジェフ・ゴールドブラム)がもっともらしく終末論を述べ、中国系のウー博士(B・D・ウォン)も出演 →同窓会ですw。

 バイオシン社は[ブルー]の子供とメイジーを誘拐し、オーウェンとクレアが救出に向かい、オーウェン vs. バイオシン社 vs. 恐竜の三つ巴の闘い…となります。ティラノサウルスと史上最大の肉食恐竜ギガノトサウルスのバトルもあり、肉食恐竜、草食恐竜もたくさん登場しますから恐竜ファンにはたまらない映画かも知れませんが、ストーリーに膨らみが無く電動マンガ。
 シリーズ物の最新作は、『トップガン マーヴェリック』『ゴーストバスターズ/アフターライフ』、『シャイニング』の続編『ドクター・スリープ』を観ました。ヒット作の続編は、脚本がしっかりしていないと、柳の下のドジョウになってしまいます。『トップガン』の続編のオファーを受けたトニー・スコットは、「私はリメイクもリ・インベンションも希望しません。私は新しい映画を作りたいのです」と語っていたそうです。懲りずに『マトリックス レザレクションズ』観てみようかなw。

監督:コリン・トレヴォロウ
出演:クリス・プラット、ブライス・ダラス・ハワード、イザベラ・サーモン、ローラ・ダーン、、サム・ニール、

タグ:映画
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森万佑子 韓国併合  (5)  朝鮮から大韓帝国へ (2022中公新書) [日記 (2023)]

韓国併合-大韓帝国の成立から崩壊まで (中公新書 2712)
1897年: 2/20高宗還宮、5/1上疏、6/3史礼所設置、8/13断髪令廃止、10/1圜丘壇着工
10/12高宗即位=大韓帝国成立
1898年:4/25西・ローゼン協定(満韓交換論)、独立協会の反露・議会開設運動、6/23土地測量事業開始、朝鮮人参・鉱山の皇室直轄化、10/29官民共同会開催、献議六条、11/3中枢院官制改正(議会設立立法)、12/25独立協会強制解散
1899年:4/27儒教の国教化、8/17大韓国国制交付、9/11清韓通商条約(清が独立国として認める)、慶運宮の改築等で経済状況悪化→11月日本に借款要請
1900年:義和団事件(ロシアの満洲占領)、6月高宗の密使玄暎運が来日(日韓国防同盟の模索)、8/7度支部 大臣趙秉式来日(局外中立案)
1901年:11/4外部大臣朴斉来日(国防に関する日韓協約→日韓議定書)
1902:1月日英同盟
1903:8/20高宗は極秘で玄尚健をフランスに派遣、11月高宗の密書を携えてロシアに向かう
1904:2/10日露戦争、2/23日韓議定書

大韓帝国
 1897年2月、高宗は1年に渡るロシア公使館逃亡を切り上げ慶運宮に戻ります。下関条約で清との冊封関係は無くなり独立国となっていますから、安心して皇帝に即位し清が決めた国号「朝鮮」を捨て大韓帝国を名乗ります。
 高宗は、甲午改革で制限された皇帝権力の強化、皇室財源の確保のため土地測量事業を開始、朝鮮人参・鉱山を皇室の直轄とします。また議会設立と王権の制限を求める独立協会を武力で抑え込み解散させます。1899年には儒教を国教化し、大韓帝国皇帝が無限の権力を持つことを明記した「大韓国国制」を公布して専制国家を目指します。

一八九七年に建国した大韓帝国はわずか数年で揺らいでいく。その根底には、 高宗 がさまざまな事業(慶運宮の改築等)に莫大な費用を国家財政からつぎ込んだこと、また本来は国家財政とすべき財源を高宗が独自に確保したことによる。政府は深刻な財政難に陥っていった。そして、より直接的には日本の大韓帝国進出が加速したことによる。(P149)

 高宗は国家、国民は置き忘れ、権力基盤の強化、皇帝が祭祀を行う圜丘壇や石造の宮殿の造営、在位40年を祝う「御極四十年称慶礼式」挙行(天然痘により中止)などの出費により財政難に陥り、日本に借款要請を乞う有様。「御極四十年称慶礼式」の中止は、大韓帝国衰退の予兆でもあった。となります。

迷走する外交
 1900年、ロシアは義和団事件に乗じて満洲を占領し、日露関係が緊迫します。日露の武力衝突に巻き込まれることを恐れた高宗は、中立を掲げ日露米欧に外交攻勢をかけます。来日して日本政府に局外中立案を持ち掛け、さらに駐日アメリカ公使、駐日ロシア公使と面会し同様の提案をします。
 壬午軍乱で日本に、甲午農民戦争でアメリカ、イギリスに保護を求め最終ロシア公使館に逃げ込んだ「播遷」の実績を考えると、半島国家の「地政学」的宿命ばかりとは言えないようです。1904年に日露戦争が始まると、またも2回目の露館播遷を打診し(断られる)、日本軍が韓国に上陸すると、イギリス、フランス、アメリカに播遷を頼み込んでいます。

 日本とは後に「日韓議定書」に繋がる外交が展開されます(この時は密約)。1900年6月には高宗の密使が来日し軍事同盟(同盟するほど軍事力は無い)を模索し、8月には局外中立案を提示、1901年には外務大臣が国防に関する日韓協約を提案します。1903年に入ると密使をフランスに派遣し、万国平和会議で日露開戦の場合の大韓帝国の地位、大韓帝国が局外中立を維持できず日露軍に蹂躙された場合の損害補償を検討するためです。11月には高宗の密書を携えた使者がロシアに向かいます。ニコライ2世に謁見して日露開戦時には大韓帝国はロシアに協力することを伝えるためだったそうです。敵対する日本とロシアと同時に軍事同盟を結ぼうというのです。

 1904年1月、大韓帝国は各国に局外中立宣言を打電します。この電報を知って林公使は小村外相に警告します、
 李容翊ら中立派が高宗を説得して日韓議定書に反対させたことによる密約成立の 頓挫 は、誠に遺憾で、この事実は同時に、高宗がいかに決心に乏しく、また高宗言質および保証がいかにしがたいかを証明するものである。・・・そのため、我においては実力をもって臨まなければ密約もただちに不履行となり・・・(p160)
 
この「実力」とは武力のことで、日本政府は、1903年12/30の閣議で「対露交渉決裂の際、日本の採るべき対清韓方針」で、日本は大韓帝国について、実力をもって権勢下に置くことを定めています。
 1904年2/6にロシアに国交断絶を通告、 仁川に上陸し(同時に旅順、大連も)日露戦争が始まります。高宗の中立宣言は何の意味も持たなかったことになります。


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映画 アナザーラウンド(2020デンマーク) [日記 (2023)]

Another Round [DVD]
 原題、Druk(デンマーク語)、Another Round(英語)。”drunk”は「どんちゃん騒ぎ」、”another round”とは「もう一杯」という意味だそうで、アルコールにまつわる4人の高校教師の話です。デンマーク映画と云えば、『バペットの晩餐会』『ペレ』が思い浮かびます。

 高校で心理学を教えるニコライ(マグナス・ミラン)の40歳の誕生祝いに、歴史の教師マーティン(マッツ・ミケルセン)、体育教師トミー(トマス・ボー・ラーセン)、音楽教師ピーター(マグナス・ミラン)の4人が集います。マーティンは車で来たから酒は遠慮すると言い、お前は真面目過ぎるとニコライが混ぜ返し血中アルコール濃度を0.05%に保つと自信とやる気で人生が上向きになる」とウォッカを薦めます。「父兄が何か言って来たらしいな、気にするな」「アニカ(奥さん)と上手くいっているのか?」などなど、誕生祝いがオッサンの愚痴と嘆きの酒盛りとなるのは、何処の国も同じです。

 で、濃度測定器を買い込み、仕事の効率と意欲が向上する「0.05%理論」の実験が始まります。ヘミングウェは8時まで飲んで小説を書き名作をモノにした。教師の俺たちは勤務中に飲んで8時以降と週末は禁酒だ、というわけですw。
 マーティンは、酒を飲んで血中アルコール濃度0.05パーセントで授業に臨みます。ウォーミングアップに3人の候補者を選挙で選ぶ話をします、

・第1候補 →高血圧と貧血、他にも病気を抱えている。目的のためなら嘘をつき、政治を占星術師に相談する。愛人がいて愛煙家、マティーニが大好き。
・第2候補 →肥満、過去に3回落選。鬱症で心臓発作を繰り返している。鼻持ちならない男で葉巻を吸いまくる。就寝前に酒を浴びるように飲む、シャンパン、コニャックそれから睡眠薬を2錠。
・第3候補 →勲章を受けた英雄で女性に敬意を払う。動物を愛し、タバコは吸わず酒もめったに飲まない。

さあ、誰に投票する?。生徒全員が第3候補を選び、マーティンは種明かし。第1候補はフランクリン・ルーズベルト、第2候補はチャーチル、第3候補はヒトラー。「エエッ!」と生徒の関心を引き付けて、歴史の授業は大成功。他の3人も「0.05%理論」を実践しでこれも大成功。マーティンは奥さんとの関係も良くなってメデタシメデタシ。「こんなに気分が高揚したのは久々」「教えることが久々に楽しいと思った」と、更なる結果を求めて実験は0.1%へとエスカレートします。ここで各国元首の酔っぱらった映像が挿入されます。芸が細かい!。

 マーティンは0.12%で授業を始めます。グラント将軍、ヘミングウェイ、チャーチルの共通点は何だ? →大酒飲み。ところで○○君、君の1週間の酒量は?。エエッ?、エンドロールで但し書きが出ますが、デンマークでは16歳から飲んでいいそうです!。今回の授業も大成功。この映画は、デンマークでは16歳から酒が飲めるという前提で観てくださいw。

 留年瀬戸際の生徒を「0.05%理論」で助けます。口頭試験の問題キルケゴールに焦った生徒に、ピーターは自分のペットボトルの「水」を飲ませ、適度にアルコールの入った生徒は見事に試験に合格。「0.05%理論」を証明した4人は、更なる「自信とやる気」を求めて血中濃度の限界に挑戦しますが...。
 手放しのアルコール礼賛というわけではありませんが、酒好きには面白いです。北欧の映画はひと味違います。

監督:トマス・ヴィンターベア
出演者:マッツ・ミケルセン、トマス・ボー・ラーセン、マグナス・ミラン、ラース・ランゼ

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森万佑子 韓国併合 (4) 高宗と独立協会 (2022中公新書) [日記 (2023)]

韓国併合-大韓帝国の成立から崩壊まで (中公新書 2712)朝鮮紀行 (講談社学術文庫) 反日種族主義との闘争 (文春e-book)








 続きです。

1894年:甲午農民戦争、7/25日清戦争、甲午改革
1895年:4/17下関条約(朝鮮独立)、10/8閔妃暗殺
1896年:2/11露館播遷、4/7独立新聞創刊、6月独立門改修、7/2独立協会設立、9/24内閣廃止
1897年:2/20高宗還宮、5/1上疏、6/3史礼所設置、8/13断髪令廃止、10/1圜丘壇着工、10/12高宗即位=大韓帝国成立

皇帝になりたい高宗
 1896年2月に高宗はロシア公使館に逃げ込み、公使館から勅令を出し国政を執ります。国政を執るといっても、やったのは、内閣(議政府)、財務省(度支衛門)を廃止し、行政区画や、教育制度を元に戻すという1894年に始まった甲午改革の否定です。従って、甲午改革は露館播遷で終焉します。またアメリカに京仁鉄道敷設権と雲山金鉱採掘権、ロシアには咸鏡道慶源・鐘城の鉱山開発権と鴨緑江・鬱陵島の伐木権などを売り払います。

 朝鮮は、下関条約で冊封関係が無くなり清と対等の独立国となり、高宗の呼称も「殿下」から中華皇帝同様に「陛下」となります。高宗は皇帝になることを目論み、皇帝即位式の祭壇「圜丘壇」の建造を指示し、皇帝即位を求める「上疏」を側近に命じます(中華世界では、皇帝即位は臣下からの推戴される)。帝国に見合った国家典礼を整備する役所「史礼所」を設け、大韓帝国に向けて着々と準備を進めます。

 高宗はどんな人物だったか?、イザベラ・バードのによると

落ち着きがなく、両手をしきりにひきつらせていたが、その居ずまいやものごしに威厳がないというのではない。国王の面立ちは愛想がよく、その生来の人の好さはよく知られるところである。会話の途中、国王がことばにつまると王妃がよく助け船を出していた。・・・王家内部は分裂し、国王は心やさしく温和である分性格が弱く、人の言いなりだった。・・・その意志薄弱な性格は致命的である(朝鮮紀行)

 『反日種族主義との闘争』よると、高宗は、在位期間に合わせて七回も外国公使館への播遷(逃避)を試みたらしいです。1882年に壬午軍乱が起きると日本公使館に播遷を打診し(第1回目)、1894年甲午農民戦争が起きるとアメリカ公使館に避難を打診、アメリカが断るとイギリスに →これも拒否されます。1896年に閔妃暗殺事件が起き、4回目でやっとロシア公使館に逃げ込むことに成功します。日露戦争が始まると、またも2回目の露館播遷を打診し(断られる)、日本軍が韓国に上陸すると、イギリス、フランス、アメリカに播遷を頼み込む始末。

(高宗)にとっての国家とは、祖先から譲り受けた家産としての王業でした。民の生命と財産を支配すると同時に保護するという、統合的で双務的な秩序としての国家意識は、彼には存在しませんでした。それで危機が迫るたびに、新しい宗主国を求め、繰り返し他国の公館に身を避けることばかりを考えていたのです。臣下や民と一緒になって、甲冑を身に付け、彼の王国を生死をかけて守り抜こうという意思は、その発想すらありませんでした。(『反日種族主義との闘争』3709)

 この高宗の下で日韓併合が行われるわけです。高宗という王を持った朝鮮の悲劇です。

近代化を目指す独立協会
 一方で4月に開化派の徐載弼によって「独立新聞」が創刊されます。独立新聞はハングルを使い(英文併記)、国民・国家の形成を朝鮮に移植しようと意図した新聞です。7月には独立と近代化を目指す政治団体「独立協会」が設立され、民間に独立の機運が高まります。高宗の圜丘壇を意識したのかどうか、独立協会はモニュメント「独立館」「独立門」を建造します。

「清からの独立」を可視化する新たな事業を始めていた。「清国に属する人」だと思ってきた朝鮮人の意識を改めるためである。それは、過去に中国皇帝が派遣した使節が、朝鮮に到着したとき、朝鮮の王世子や百官が出迎える場所で、中国の使節を盛大にもてなした「慕華館」とその前に立った「迎恩門」を、それぞれ「独立館」「独立門」に改修・改称(p101)

します。ちなみに今日の韓国では、独立門は清ではなく日本からの独立の門と捉えられているそうです。

 高宗は、保守へ舵を切って大韓帝国を目指し、独立協会は近代化へ舵を切り、このチグハグさが面白いです。高宗は国家元首ですから、朝鮮国のために独立協会と共に近代化を進めても良かった筈ですが、私利私欲に走ったわけです。

独立新聞を創刊し独立協会の立役者である徐載弼は、

一八八四年の甲申政変では、主役の一人として参画。失敗後、金玉均・朴泳孝・徐光範とともに「四凶」の反逆者とされ日本に亡命。その後、朴泳孝・徐光範とともにアメリカに渡った。なお、当時の法( 縁坐) により徐載弼の家族は自殺を強いられるか、惨殺された。  渡米後、帰国は難しいと考えた徐載弼は、アメリカ国籍を取得し、Philip Jaisohnと改名。一八九〇年からはアメリカ陸軍軍医図書館の翻訳官として働きながら、コロンビア医科大学夜間部で学び、医師の資格を取得した。(P94)

趙廷来の長編「歴史」小説『アリラン』は累計350万部売れたそうですが、金玉均(甲伸政変)、全琫準(甲午農民戦争)、徐載弼を主人公に、甲伸政変 →甲午農民戦争 →甲午改革 →大韓帝国の十余年を小説に描けば500万部は固いでしょうw(それとも焚書か?)。

1) 朝貢体制と条約体制 2)日清戦争 3)甲午改革、露館播遷 4)高宗と独立協会 5)朝鮮から大韓帝国へ (6)日韓議定書、日韓協約 (7)高宗の譲位、伊藤博文の朝鮮政策 (8)日韓併合、歴史認識


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映画 ある画家の数奇な運命 (2018独伊) [日記 (2023)]

ある画家の数奇な運命(字幕版)  原題”Werk ohne Autor”「作者無き作品」ナチスの支配、ファシズムと敗戦、復東西分裂と激動のドイツ現代史を背景に、実在の画家ゲルハルト・リヒターの半生が描かれます。監督は、旧東独の監視社会を描いた『善き人のためのソナタ』のフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク。3時間の大作です。
 1937年ドレスデン、美術館で展覧会を観る少年クルトと叔母のエリザベトから始まります。二人が観たのはナチス主催の「頽廃芸術展」。解説員は、抽象画のカンディンスキーやモンドリアンは精神障害者であり、彼らの遺伝子が拡散しないようにする必要があると説明します。エリザベトは、「頽廃芸術」が好きだとクルトに告げます。

 エリザベトは統合失調症を患い、施設に収容されて強制不妊手術(断種)を受け、「生きるに値しない命」の烙印を押されて安楽死させられます(=ホロコースト)。

 
第二次世界大戦後、クルト(トム・シリング)は共産主義国となった東ドイツ・ドレスデンで、美術大学に入ります。社会主義リアリズムvs.キュビズム(ナチスの頽廃芸術)の構図の中で画家として生きることになるわけです。
クルトは美大の同級生エリー(パウラ・ベーア)と恋に落ちます。エリーの父親こそ、統合失調症のエリザベトを安楽死させた医師ゼーバント教授(セバスチャン・コッホ)だったのです。ゼーバントは、娘の妊娠相手がクルトだと知ると、

問題なのは年ではなく相手だ、父親は掃除人の落ちぶれて自殺、私の父なら”淘汰”と呼ぶ、子孫に遺伝すると困る阻止せねば...

「アーリア人種優越論」を信奉し、ユダヤ人や精神障害者、身体障害者を「生きるに値しない命」として抹殺したナチズムの信奉者は、不適格者の遺伝子が家系に入ることを防ぐため娘を中絶します。

 クルトは、写真を模写するフォト・ペインティングの技法にたどり着きます。エリザベトと幼い自分の写った写真に、ゼーバントと彼の上司のポートレートを重ねた絵を完成させます。クルトはゼーバントがエリザベトの安楽死の決定者だとは知りませんが、偶然にも、ホロコーストの被害者、加害者、画家を一枚の絵に描いたことになります。偶然が真実を写し出したのです。アトリエを訪れたゼーバントは愕然とし、クルトの絵を評価する仲間は個展を開くことを勧めます。
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 クルトの
フォト・ペインティング   ゲルハルト・リヒターの作品

 クルトは後にフォト・ペインティングについてこう語ります。数字の羅列は何の意味も持たないが、それが宝くじの当選番号と一致した時、数字は真実味を帯びて美しくなる、と。クルトの作品を紹介するTVキャスターは、クルトは自分の存在を消す手法で絵を描いた最初の画家であり、その絵は”Werk ohne Autor”(原題)「作者なき作品」だと解説します。

 映画は、「退廃芸術展」から始まり「数奇な運命」を経て現代美術の巨匠ゲルハルト・リヒターに結実します。

 面白いかと云うと、ドイツの観客は現代史の詰まったこの映画に感慨ひとしおなのかも知れません。日本人としては、サスペンス味の効いた『若い芸術家の肖像』(ジョイス)、ビルドゥングス・ロマンとして楽しめます。完成度という点では『善き人のソナタ』には及びませんが、マァお薦め。

監督:フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
出演:トム・シリング、セバスチャン・コッホ、パウラ・ベーア

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森万佑子 韓国併合 (3) 甲午改革、露館播遷 (2022中公新書) [日記 (2023)]

韓国併合-大韓帝国の成立から崩壊まで (中公新書 2712)
朝鮮紀行 (講談社学術文庫)
 続きです、ちょっと脱線。
 本書は、副題に「大韓帝国の成立から崩壊まで」とあるように政治の話が主で、朝鮮国民の話はありません。壬午軍乱 →甲申政変 →甲午農民戦争を自ら解決出来ず清に助けを求める「属国・自主」の国で、庶民はどんな暮らしをしていたか?。甲午農民戦争から大韓帝国成立の1894〜1897年に朝鮮を旅行し、高宗、閔妃、大院君にも会ったイギリスの旅行家イザベル・バードは、『朝鮮紀行』で当時の朝鮮の姿をリアルに描いています(本書にイザベラ・バードは登場しません)。

イザベラ・バード
 李氏朝鮮は、中国を模した絶対王権で、国民は3%の両班と役人により搾取されていたと言います。

 朝鮮の災いのもとのひとつにこの両班つまり貴族という特権階級の存在がある・・・両班に求められるのは究極の無能さ加減である・・・非特権階級であり、年貢という重い負担をかけられているおびただしい数の民衆が、代価を払いもせずにその労働力を利用するばかりか、借金という名目のもとに無慈悲な取り立てを行う両班から過酷な圧迫を受けているのは疑いない。

搾取は年貢だけではなく、強制労働、法定税額の水増し、訴訟の際の 賄賂要求、強制貸し付けがあると言います。

 朝鮮国内は全土が官僚主義に色濃く染まっている。官僚主義の悪弊がおびただしくはびこっているばかりでなく、政府の機構全体が悪習そのもの、底もなければ汀もない腐敗の海、略奪の機関で、あらゆる勤勉の芽という芽をつぶしてしまう。職位や賞罰は商品同様に売買され、政府が急速に衰退しても、被支配者を食いものにする権利だけは存続するのである。

書きたい放題ですが、全羅道から起こった甲午農民戦争も役人の腐敗から起きていますから、当たらずと云えど遠からずなのでしょう。内乱を鎮圧できず、国の統治もできない李氏朝鮮はとても近代国家とは言えず、おまけに国王・高宗は国民を捨ててロシア公使館に逃げ込む(露館播遷)わけです。

 身分制度は、両班(科挙合格者)・中人(官僚)・常人(農民、商工人)・賎人の4つに大別され、賤民には七般公賤、八般私賤があります。私賤は主人の財産として人身売買されたようで奴隷制が存在したわけです。この身分制度は、日本が主導した1894年の甲午改革で撤廃されます。李朝の庶民は暮らし辛かったようです。

甲午改革
 日本は、下関条約で朝貢体制から脱した朝鮮の近代化に着手します。甲午改革です。

 甲午改革は、政治制度、財政・金融制度、地方制度、軍事制度、警察制度、教育制度の広範にわたった。日本の明治維新をモデルに企図した甲申政変の精神を継承し、かつ日本政府の人的・財政的支援を受けて行われた。甲午改革は日本式の近代化モデルを朝鮮に移植した改革と言うこともできる。(p48)

 朝鮮は絶対王政で権力は高宗に集中しています。この権力を巡って「勢道政治」が常態化し、大院君と閔妃の権力闘争を生むわけです。また財政は、王室が政府から独立した会計を持ち、歳出入が不明で破綻状態。貨幣の改鋳を行って差額を王室に入れるという有様。甲午改革では、王権を制限し政治の分離が行われ科挙や身分制度を廃止し小学校を設置するなど教育制度の改革も行われます。これが実効をあげれば朝鮮は近代国家となったわけですが、李朝は王権を制限する日本主導の改革に抵抗し、裏でロシアに接近します。

閔妃暗殺(乙未事変)
 高宗の后、閔妃はロシア公使とともに日本勢力を追い払おうと画策し、日本は閔氏一族と対立関係にあった高宗の実父大院君を担ぎ出すことを計画。1895年10/8未明に王宮に侵入し、閔妃を殺害します。国王の后を暗殺するという暴挙に出るほど、日本は朝鮮とロシアの接近を恐れていたことになります。

 王妃は害にあい、仰向きになりて、フウフウと息をして、こと切れの時なり。 佐瀬〔 熊 鉄。警務庁嘱託医師〕 来りて、ハンカチにて傷口を何寸とて計りたり。王妃はこの時すでに逃れんとして逃れられず。壮士は皆、写真をもってその顔を見合わせんとす。王妃は両手にて顔をおおいたり。 (『朝鮮王妃殺害と日本人』)(p71)

 日本が日清戦争まで起こして朝鮮の独立を目指したのは、ロシアの南下を恐れたためであり、そのロシアと手を結ぶ李朝の動きを阻止したかったわけです。
 閔妃暗殺と甲午改革は、反日・反近代化の「義兵闘争」と「露館播遷」を生みます。后を殺された高宗は恐れをなして1年間ロシア公使館に逃げ込みます。宗主国を清→日本→ロシアと乗り換えようとしたわけです。

 元大統領・朴正煕はこの李朝を、

四色党争、事大主義、両班の安易な無事主義な生活態度によって、後世の子孫まで悪影響を及ぼした、民族的犯罪史である。今日の我々の生活が辛く困難に満ちているのは、さながら李朝史(韓国史)の悪遺産そのものである。(『韓民族の進むべき道』)

と評価しています。漢江の奇跡」を主導し民主化運動を弾圧して暗殺された朴正煕は、朝鮮・韓国の宿痾を見抜いていた事になります。

1) 朝貢体制と条約体制 2)日清戦争 3)甲午改革、露館播遷 4)高宗と独立協会 5)朝鮮から大韓帝国へ (6)日韓議定書、日韓協約 (7)高宗の譲位、伊藤博文の朝鮮政策 (8)日韓併合、歴史認識


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盆栽のマネごと [日記 (2023)]

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イチョウ、カリン、花桃         小さいけどイチョウ
 イチョウは雑木林で幼木を確保、カリン、花桃は実生。何年かすれば花が咲くでしょうね。

タグ:絵日記
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逢坂冬馬 同志少女よ、敵を撃て(2021早川書房) [日記 (2023)]

同志少女よ、敵を撃て 1280px-1940_Tula_SVT40.jpeg狙撃銃 SVT-40
 独ソ戦(大祖国戦争)の女性狙撃兵を描いた話です。
 映画では、伝説のヴァシリ・ザイツェフを主人公とした『スターリングラード』があります。戦況が膠着するなか、士気高揚のために狙撃兵ザイツェフをプロパガンダに利用しようとする政治将校とのザイツェフの確執、伝説を覆すためにザイツェフを狙うドイツ軍の狙撃兵が絡む、一級の戦争映画です。純粋に狙撃だけを描く『山猫は眠らない』もあり、『プライベート・ライアン』にも狙撃の度に神に祈り許しを乞う狙撃兵も登場します。いずれも評価の高い映画です。なぜ狙撃兵が絵になるかというと、

 歩兵は前線で敵弾を掻い潜って 敵に迫り、市 街戦ともなれば数メートルの距離で敵を殺すのが仕事だ。そのために必要な精神性は、死の恐怖を忘れて高揚の中で自らを鼓舞し、熱狂的祝祭に命を捧げる剣闘士のものだ。
 一方で、潜伏と偽装を徹底し、忍耐と集中によって己を研鑽し、物理の下に一撃必殺を信奉する狙撃兵は、冷静さを重んじる職人であり、目立つことを嫌う狩人である。(p343)

 この「狩人」、一匹狼の殺し屋というところが絵になるわけです。本書は、ひとりの少女が「狩人」になる物語です。少女というところがミソです。

魔女の巣
 ヒロインはイワノフスカヤ村の猟師の娘セラフィマ、18歳。ドイツ軍に家族を殺され村を焼かれたセラフィマは、村を襲って母親を殺したドイツ軍の狙撃手ハンス・イェーガーに復讐するために、孤児を、それも女の孤児を集めた狙撃兵訓練所(魔女の巣)に入り狙撃兵としての訓練を受けます。指導教官の女性下士官イリーナは彼女たちに訓示します、

 狙撃兵の特異性はその明瞭な意思により敵を狙い撃つことにある。現代の戦争では、機銃兵も砲兵も爆撃手も軍艦乗りも、あらゆる兵科は集団性とそれによる匿名性の陰に隠れることができる。しかし、お前たち狙撃兵にそれはできない。常に自分は何のために敵を撃つのかを見失うな。それは根本の目標を見失うことだ。(p75)

 これが本書テーマともいえます。狙撃兵は、匿名性を排し、ひとりの兵士=殺人マシンとなることが要求されると言うわけです。逆に言うと、狙撃兵が殺す敵もまたドイツ兵という匿名性から顔を持った人間となります。セラフィマは復讐のためにドイツ兵を殺す狙撃兵となり、「復讐」は物語を流れる伏線としてラストで回収されます。少女セラフィマのヴィルトゥングス・ロマンとも言えます。

 セラフィマは狙撃兵としてイリーナに率いられ、第39独立小隊として激戦地スターリングラードに向かいます。第39独立小隊はイリーナを隊長に、セラフィマ、モスクワ射撃大会の優勝者で元貴族の娘シャルロッテ、カザフ人の猟師アヤ、28歳のヤーナ 通称”ママ”、ウクライナコサックの末裔オリガの6人の女性ばかり。彼女たちもセラフィマ同様に、狙撃兵となる事情を抱え、個性の光る6人が物語に陰影を付けています。

スターリングラード攻防戦
 第39独立小隊はスターリングラード攻防戦で実戦を体験し、狩人として成長してゆきます。集合住宅の給水塔に拠るドイツの狙撃兵と第39独立小隊の戦闘では、狙撃の何たるかが余すこと無く描かれます。給水塔との距離は600m、独立小隊から見上げる位置にあります。赤軍の狙撃銃は射程500mのSVT-40(トカレフM1940半自動小銃)、敵の狙撃銃は最大射程1,000mのKar98k。セマフィラはドイツ兵を狙撃しますが、射程を如何に克服したか?、マニアックな描写が楽しめます。このシークェンスである狙撃兵は言います、

狙撃兵は自分の物語を持つ。誰もが・・・そして相手の物語を理解した者が勝つ(p252)

狙撃は心理戦でもあるわけです。
 セマフィラたちは、伝説のスパイナーリュドミラ・パヴリチェンコに出会います。セラフィマは頂点に上り詰めた狙撃手の境地を聞き、パヴリチェンコは言います、

射撃の瞬間、自らは限りなく無に近づく。極限まで研ぎ澄まされた精神は明鏡止水に至り、あらゆる苦痛から解放され、無心の境地で目標を撃つ。そして命中した瞬間に世界が戻ってくる。 覚えがあるだろう、セラフィマ。(p373)

戦争犯罪
 第39独立小隊は、スターリングラードからプロセインのケーニスクベルクへ移動します。1945年の東プロイセン攻勢で、赤軍はそこに住むドイツ人ヘこんなラジオ放送をおこなったと言います、

ソ連邦赤軍はドイツ人民をナチスから解放し、自由へと救い出すために戦っているのです。文明的な赤軍兵士は皆さんに自由を取り戻し、安全を保障することを約束します。(p352)

何処かで聞いた思ったら、ウクライナ侵攻でプーチンが使った文言です。ケーニスクベルクでセマフィラが見たものは、「開放」の大義の下でロシア赤軍が行った略奪、虐殺、女性への性的暴力。セラフィマがイワノフスカヤ村でドイツ軍から受けた戦争犯罪を、ロシア兵がドイツ(ポーランド)で犯していたのです。同志少女セラフィマは敵を撃ちます。
 登場するのは女性ばかりで、「戦争は女の顔をしていない(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ)」わけです。

 直木賞の『地図と拳』と『同志少女よ、敵を撃て』の話題作を読みましたが、本書の方が面白いです。

タグ:読書
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